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Room No.029 カフェコンディトライ・ランドルト ウイーン菓子 製菓マイスター 八木 淳司さん
履歴書
| 1951年 | 東京・八王子出身 |
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| 1970年 | 東京・吉祥寺の洋菓子店にて修行開始 |
| 1974年 | 軽井沢プリンスホテル勤務 |
| 1976年 | 渡欧。オーストリア リンツ 『ニメッツ』より修業開始 |
| 1977年 | ウィーン『リーダーマン』勤務 |
| 1978年 | ウィーン 1ツ星レストラン(当時)『ヒルトンホテル』勤務 |
| 1981年 | ドイツ ミュンヘン 3つ星レストラン(当時)『タンタリス』勤務 |
| 1982年 | ドイツ ディッセルドルフ 1ツ星レストラン(当時)『ヒルトンホテル』勤務 |
| 1984年 | 帰国。世田谷『たちばな』にてシェフパティエとし勤務 |
| 1985~2001年 | 自店『フレダーマウス』オープン |
| 2002年 | 福岡などで洋菓子店の技術顧問として活躍 |
| 2004年 | 『神戸三宮 カフェ コンディトライ・ランドルト』 およびモロゾフテクニカルアドバイザー就任 |





インタビュー
アイコンの説明: 八木淳司マイスター スイーツ大好き委員会 |
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はじめまして。宜しくお願いいたします。定番のご質問ですが、マイスターがこのお仕事を目指されたきっかけは何ですか? |
| 高校の時、卒業後は進学ではなく社会に出ると決めた際に、仕事をするのであれば自分の好きな事をしたいと思ったのです。これまでの自分を振り返り、小さい頃から洋菓子好きだったなぁと・・・。それで職人の道を選んだわけです。 ただその頃は、製菓学校も全国に数校しかありませんでしたし、お店自体も少なかったですからね。私も遠縁の親戚が菓子職人だったお陰で、洋菓子店に就職できました。その頃のケーキと言えばショートケーキやシュークリームが主流で種類も今のように多くなく、和菓子屋さんがケーキを作ることも多いような時代でしたから、今とはだいぶんと違いましたね。 |
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なるほど。でも、マイスターが渡欧された時期は、フランスへ修行に行く方も増えた時代ですが、なぜウィーン菓子に興味をもたれたのですか? |
| 野澤君も音楽がきっかけだったようですが、私も大のクラシック好きで・・・。修行をはじめてしばらくしたころ、ある雑誌の記事を読んで、すごくトキメキましてね!!絶対にオーストリアに行こうと思ったわけです。 | |
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どんな内容だったのですか? |
| オーストリアの名曲とウィーン菓子の歴史的なつながりを紹介しているもので。「これだ!!」と思いましたね。勿論、フランス菓子のことも情報としては存じていましたが、興味は全くなし。 それにその当時、フランス菓子とウィーン菓子との違いをきちんと説明できる人もいませんでしたから。フランスとオーストリア菓子の違いが、修業先を決める大きな決定打にはなりませんでしたね。 単純にオーストリアに行って本場のクラシックを思う存分聞きたいという付属部分に大きなメリットを感じたわけです(笑)。 |
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でも、修行場所探しなど大変だったのでは? |
| 確かに。私がオーストリアとドイツで修行して今があるのは、ドラマがあったからなのですよ!! | |
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えっ!!どんなドラマですか?? |
| オーストリアへ行きたい夢を実現するために、当時応募があった交換留学生に申し込んだのです。これは製菓だけではなく、音楽や芸術などあらゆる方面で留学を希望する人が応募し、試験を受けて、行き先が決まるのですが、私が希望したオーストリアは音楽関係の希望者がものすごく多くて、落ちてしまったのです。 ですが、ルクセンブルグならまだ空きがあるからどうかと打診されまして・・・。期間中にオーストリアに行く工程になっていたので、とにかく行くことにしたのです。 |
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ここからがドラマですね!! |
| そうそう。ルクセンブルグ担当の添乗員Aさんが、自由行動の日にオーストリア国立劇場に行かれたわけです。そこで、ばったり大学時代の旧友Bさんに声をかけられて。その旧友Bさんというのがなんと現地でパン屋をされている人だったのです。 | |
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ドラマの予感・・・!! |
| 添乗員Aさんは、洋菓子修業を希望し、オーストリア行きを望んでいた私のことを気にかけてくれていて。そのことをBさんに話し、話をする場をセッティングしてくれたのです。 色々とお話を伺い、Bさんの友人でウィーン菓子を学んで帰国し、軽井沢ヒルトンで製菓チーフをしている北川シェフがいることを教えてくれ、紹介してくれたのです。 この出会いがなければ今の私は居ませんね。 |
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マイスターがウィーンではなく、ルクセンブルグに行ったからこそ、知り合えたわけですね。 |
| そうなのです、本当に出会いはどこに転がっているか分かりませんね。帰国後、すぐに連絡を取りまして、ヒルトンで働けることになったのです。 しかし、残念な事に北川シェフのもとで本格的にウィーン菓子を学びはじめて1年半経った時、シェフが若くして急死されてしまい、ウィーン菓子を教えてくれる日本で唯一の師を失ってしまいました。軽井沢と言う土地柄、忙しいのは夏場だけだったので、実質教えてもらえたのは半年位でしたね・・・。 |
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悲しいことですが、マイスターがその志を継がれたわけですね。 |
| 志を継げたかどうかは判りませんが、ウィーン菓子の伝統や素晴らしさの入り口を私に見せてくれ、もっときちんとマスターしたいと決意させてくださった大切な方です。今でも本当に感謝しています。 | |
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一生に何度かしかない貴重な出会いだったのですね…。 マイスターはオーストリアで初めて国家公認製菓マイスターを取られていますが、これはどのような資格なのですか? |
| 簡単に言うと、オーストリアでお店をするのに必ず必要な資格です。ですから、製菓だけでなく、洋服、時計、パン、帽子、眼鏡などお店の種類分だけさまざまなマイスターがあるわけです。 日本やアメリカのような自由競の国では考えられませんが、一定の範囲の中にお菓子屋さんは何店、パン屋は何店といったように出店できる数が決まっているのです。その分、お店のグレードがきちんと保たれるように「マイスター制度」があるのでしょうね。 |
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選ばれた人しかお店が開けないとは・・・。さぞかし難しいのでしょうね? |
| そうですね。技術だけではなく、お店を経営する為に必要な法律や経理などこと細かく勉強する必要があり、そのための予備校があります。授業料も決して安いわけではありませんでしたが、そこに通わないと試験をパスする事はまず出来ませんね。 その上、私は外国人として初めてマイスターにチャレンジしましたから、試験資格の手続きで本当に苦労しました。約1年がかりでしたね。私の他に日本には2人のマイスターがいますが、その方たちは私という前例があったので、手続きが楽だったと思いますよ!! |
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感謝していただかないと…ですね! 大変なご苦労をされてまで資格を取ろうとされたきっかけは何だったのですか? |
| その当時は、まだまだ人種に対する偏見と言いますか、東洋人は低く見られていまして、技術的には自分より未熟であろう仲間がマイスターを取ってくるのを見て、自分も取れるはずだとチャレンジする事を決めたのです。技術力の証明にもなるかと思って…。でもあまりに手続きが面倒だったので、やめればよかったと途中思ったことはありましたね、正直言うと(笑)。 | |
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予備校へ通うということは仕事場にも理解がないと無理そうですね。 |
| そうですね。私がマイスターにチャレンジしたのは3店目のウィーンヒルトンに居た時だったのですが、その時の製菓チーフが北川シェフの修行仲間で。 | |
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では、色々ご配慮頂けたわけですね。 |
| 最終的には本当に色々お世話になりましたが、最初はめちゃくちゃ怒られましたね…、本当にひどいものでしたよ。昔でもありましたから、東洋人と言う事でかなり差別的な言葉も浴びせられましたし。仕事の分担も一番大変な遅番を押し付けられました。 ただ、信頼を勝ち得てからは本当にかわいがってもらいましたし、マイスターの受験の時も色々助けてもらいました。受かったときもホテルのスタッフ皆から祝福されて…。その時は本当にうれしくて、それまでの苦労が一気に吹き飛びましたね!! |
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お聞きしているだけでも、何だかその時の様子が頭に浮かぶようです。 マイスターの試験自体はどのようなものなのですか? |
| 試験は合計4日間にわたって行います。1日は筆記試験なのですが、これはどの職種の人間も一同に集まって行われます。経営や経理、法律などの共通の試験です。慣れないドイツ語の上に分からない専門用語で苦労しましたが、幸いにも現地の日本人の友人に経済学を専攻している方がいたので、彼に個人レッスンしてもらい頑張りました。 | |
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日本自国の法律でもわけが分からないのに、ドイツ語…。私には無理ですね。 |
| 自分でもよくやったと思います(笑)。実技のテストは、それぞれの職種で違いますが、面接と実技があります。 製菓は場所の都合上試験日は違いますが、4人ずつが一度に集まり、小さなお菓子類を8点と大きな飾り菓子を1点、2日間の制限時間内に製作します。私は最後の班だったので3人でしたが、うち一人がさまざまなコンクールで優勝している注目のパティシエール、もう一人は楽天家のおじさんでした。テーマは事前に、他のメンバーと重ならないように与えられていましたし、テスト前にホテルで特訓もしてもらったので、比較的落ち着いて取り組めました。 |
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面接はいかがでしたか? |
| これがまた、楽天家のおじさんが大遅刻するというハプニングのせいで、本来は1人ずつのところをパティシエールと2人一緒にされることになり、焦りました。 さらに、日本人である私の事を考えて、質問の答える順番を後にしてくれたのですが、逆に彼女の答えが入ってくるので混乱して…。冷や汗をたっぷりかきましたね!! |
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合格されたときは本当にうれしかったでしょうね! |
| そうですね!!合格は面接の後で言われるので、ドキドキものでした。先に面接のすんだ仲間から「一番はじめに呼ばれたら落ちているよ」などと聞かされましたし。合格を告げられたときは本当に力が抜けました。 | |
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その後マイスターは1つ星、3つ星など有名レストランで修業されていますが、ヨーロッパ修行中で印象に残った出来事は? |
| 星のあるレストランでの経験は貴重でしたね。当時1つ星であった『ヒルトンホテル』の厳しいシェフに信頼され、現地のスタッフに技術を認められて以降、仕事先はどこも人種ではなく、技術で私を評価してくれましたから、やりがいもありました。 特に3つ星レストランは、総料理長がドイツ人のトップシェフでしたから、お菓子だけでなく料理の多くを見て学ぶことが出来ました。 |
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他にもありますか? |
| そうですね!!現地のCM撮影に参加!!なんてこともありました。 | |
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どんな撮影だったのですか? |
| 家庭でデコレーションしたかわいいケーキを作るのが私の仕事だったのですが、「きれいすぎる。奥さんはそんなにきれいに出来ない!!」と言われてわざとクリームの太さをバラバラにしてみたり、スタッフ皆で楽しみながら撮影しましたね! | |
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海外で現地のCM撮影を手伝ったパティシエは数少ないでしょうね!! マイスターは名古屋でお店をされていたのに、アドバイザーの道を選ばれたのは何かきっかけがあったのですか? |
| 話せば長いのですが、帰国後、お店を開いて順調に仕事をしていたのですが、事故にあいまして、足を骨折して入院したのです。そこでギブスの仕方がまずかったのでしょうね、足がしびれて麻痺してしまって…。よく問題になっている医療ミスです。私の場合は時間をかければ徐々によくなるということもあって、裁判をしても不利だと言われ、泣き寝入りするしかなく…。立ち仕事の私にとって、足がしびれるのでは仕事にならず、泣く泣く店をクローズしました。 | |
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そんなことがおありになったとは…。足の具合はいかがですか? |
| 月日が経ったこともありますが、お陰様でかなりよくなりました。仕事にもほとんど支障はないですね。 | |
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ではまた、アドバイザーとしてのお仕事が落ち着かれたらお店を開かれるのですか? |
| 今はお店を持つことを考えてはいません。それよりもより多くの若手に私が積み重ねてきたものを伝えていきたいと願っています。 ケーキ作りの奥は深い。洋菓子がこれほどまでに発展し、パティシエ、パティシエールの卵がたくさんいる現代は、私の時代に比べ職人として、本当のプロとして生き残るには厳しいように思うのです。生半可な思い入れでは中途半端な仕事しか出来ないで終ってしまいますから。 |
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ふむふむ。 |
| お店自体のスタイルもじっくり人を育てると言うより、必要なときだけ来てもらうスタッフを求める傾向があり、派遣のようなパティシエも増えています。 今後も洋菓子の世界が繁栄するためにも、いい形で歴史を刻むためにも、職人気質のパティシエがお菓子を作るいい店があり続けるためにもこれからの5~10年がターニングポイントになると思っています。それを支える次の世代、店を手助けしていければと願っています。 |
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10年後…。あまり考えたことがありませんでしたが、今後のためにもとても大切なことですね。私たち食べる側も今後のブームや流行に乗るだけではなく、お店を育てるような、そんな選び方、食べ方が出来ればいいのかもしれませんね。では、最後に今頑張っている若手の皆さんに向けて何かありましたらお願いします。 |
| とにかく物をよく見て、考え、実行してください。仕事場では、まずは自分に与えられた仕事を確実にきちんと仕上げる。 それから周りをよく見て、次に自分に与えられるであろう先輩の仕事を見て予習してください。そして、自分の失敗から学ぶことはもちろんですが、他のスタッフの失敗もよく見て自分が同じ失敗をしないようにしてください。 これらを日々積み重ねることが単純なようで大きな成長につながります。自分の目指すべき目的を持って頑張ってください。 |
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長時間にわたり貴重な、そして楽しいお話をありがとうございました。 |
カリスマパティエ終了のご挨拶 スイ大スタート時から続けてまいりました『カリスマパティエの部屋』は今月にて終了いたします。来月からは担当者も変わり、装いも新たな新コーナーがはじまります。スイーツが大好きな皆様に、シェフの考えや想い、人柄を、またパティシエやパティシエールを目指す皆さんには、今活躍中のシェフが現在に至るまでの心意気や考え方を楽しくお伝えするべく邁進してまいりました。2年半にわたりご愛読いただき、有難うございました。スイ大Fこと担当者よりこの場をお借りして御礼申し上げます。 |
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| カフェコンディトライ・ランドルト おすすめスイーツ 2006/11現在 |
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| 手前から時計回りの順に、 ◆バウムクーヘン(420円)ピラミッド型が新鮮な風味豊かな1品。 ◆ヌースロラーデン(368円)生地、クリームすべてにクルミを贅沢に使用したクルミ好きには堪らないケーキ。 ◆アプフェルシュトゥルーデル(578円)絶妙な火加減のりんごがおいしいオーストリアの代表菓子の1つ。 ◆ザッハトルテ(420円)マイスターの修行先であった『ウィーンヒルトンホテル』のレシピで作られた1品。 *ケーキは全て税込価格 |
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| 伝統菓子と人気菓子がバランスよく並ぶショーケース。 |
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| おいしそうなケーキ類に思わず目をうばわれる・・・。 |
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| 他にもかわいい形の人気焼き菓子が並ぶ。 |
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| おみやげなどに喜ばれる焼き菓子も人気。 |
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| 人数がそろったら、ぜひホールのザッハトルテを購入してみたい。 |
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| マドレーヌやフィナンシェなどの定番アイテムももちろんあります。 |
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| 店内で焼き上げられる焼き菓子は色々と食べてみたい人におすすめ。 |
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| かわいいラッピングの商品も・・・。 |
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| セット菓子も小さめから大きなものまで用意されている。 |
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| 八木マイスターが出された本。ウィーン菓子のいろはがぎっしりと詰まっている。 |
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| ウィーンに伝わるメレンゲ菓子「ビンドゥグワー」。日本で作れる人はなんと2人だけ。 |
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| これが「国家公認製菓マイスター」の証明書。貴重です。 |
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| 店内にはゆったりとしたサロンがあり、多くの人が憩いのひと時を過ごしていく。 |
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| クリスマスになるとオリジナルのお菓子が店頭を飾る。 |
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| 店内にはお菓子の飾りで装飾された大きなツリーが登場し、壁などにはリースが飾られる。 |
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| 客席のクッションなどもさりげなくクリスマスカラーが取り入れられ、店内で過ごす間、クリスマス気分に浸れる。 |
ショップ情報

神戸三宮 カフェ コンディトライ・ランドルト
- TEL:078-326-4511
- 住所:兵庫県神戸市中央区三宮町1-10-1 さんちか10番街グルメスクエア内
- 営業時間:10:00~20:00
- 定休日:第3水曜日
- URL:http://www.morozoff.co.jp/shop/landolt.html
- 店内では日替わりの塩味のシュトゥルーデル、サラダ、パン、デザート、ドリンクまで付いて950円というお得なランチメニューも用意されている。
八木淳司マイスター
スイーツ大好き委員会
















