お店の由来と、石原さんの修業時代を教えてください。
初代は新潟出身で、中学卒業後に東京へ出てきて「ちもと」に修行に入ったんです。そのうち「ちもと」軽井沢店へ移って、最初の3年は職人の修行をして、あとの9年は販売。
32歳の時、東京・目黒区八雲で独立しました。軽井沢時代に出会った別荘族のお客様の本宅がこの辺りに多かったので、おやじは最初から都立大学のこの場所を決めていたようです。
僕は小学低学年の頃からおやじの運転する車の助手席に乗って、配達についてまわっていました...というか、おやじが僕を乗せていたんですね。そしてお客さんのところに着くと「お前、ちょっと行ってこい」と、僕に配達をさせるんですよ。中学2年からは軽井沢の「ちもと」に行ってお手伝いもしましたから、この仕事が自然と身についたと思います。何も言う必要がないというか、言葉はいらないんです。
高校卒業後、英語の専門学校へ行ったんですが、夏休みに入った頃、うちで働いていた職人が病気で倒れてしまったんですね。その時、おやじは何も言わなかったけど、おふくろが「謙、ちょっと大変だから手伝ってくれ」と悲しそうな顔で言うので、僕も学校をやめて家業に専念するようになったんです。ただし本当にやるなら修行に出たいと思って、自分で志願して「鶴屋八幡」の東京店で3年間勉強しました。1日何千個も上生菓子を作る工場で、結構楽しかったんですよ。本当はその後、京都へ行きたかったんだけど、そろそろおやじを楽にさせてやりたいという気持ちもあって、さすがにそれは諦めました。
僕は子どもの頃からなんでも自由にさせてもらっていたんですね。おやじは勉強でも進路でもいちいちガタガタ言わないし、二代目を継ぐことでプレッシャーをかけるようなこともなかった。それがよかったんです。子どもは親の背中を見て育つから、親は自分のこだわりでゴチャゴチャ言ってもダメなんですよ。僕だって好きなようにやったんだから、おやじも自由になってほしい。そう思ったから、自然と二代目を継ぎました。
ショーケースを見てもらうとわかるんですが、うちはお菓子が少ないんです。
まず生菓子が常時5種類あって、半月に一度ずつ変わります。この他に「八雲もち」と焼き菓子が2種類。もなかが1種類。あとは季節のものとして、たとえば今なら「栗蒸し羊羹」。春なら「桜もち」。これだけの品目でずっと商売をしていますし、実はもっと減らしたいと思うほど徹底して厳選しているんです。というのも、今の世の中は情報がものすごいじゃないですか。世界各国の食べ物を東京にいながら味わえる時代ですから、なおのこと、たくさんの菓子を作る必要はないと思うんです。「ちもと」が得手としていることをしっかりやっていれば、それでいい。
今、僕は朝5時から工場に入って、午前中にパッと作って、その後はデリバリーに出て、午後も少し作りながらお店にも出るし、経理も営業もする。店に関することを全部やっているので、職人一筋という感じではないんです。でも、それはおやじも同じでした。結局、お客様に直接触れあって、話をするということが大切なんですね。
恐らくおやじも店を始めた頃、軽井沢時代からのお客様にいろいろ教わって菓子作りの参考にしたんじゃないかなと思うんです。あの頃の別荘族の中には政界、財界、芸能界のそうそうたる方も多かったので、みなさんおいしいものをよくご存じなんですね。店先で話をしながらいろんなヒントをもらって、後はおやじのセンスで「ちもと」の味を作っていったのでしょう。やっぱり本当においしいものはシンプルで、あまりいじらない。実際、うちの菓子はシンプルです。へらで形を美しく作るとか、細かい細工はほとんどないので、ちょっと不器用でも大丈夫(笑)。まずは本来の素材が旨くなければしょうがないんです。
いい材料をちゃんと使って、気持ちを入れて作る。もちろん決まった工程を大切にして、手間は惜しまずに。それをやっていれば、いい菓子になっていくと思うんですよ。
僕が自分の感覚で菓子をがちゃがちゃいじくって、こねまわしても、あまり意味はないと思うんです。僕がやるべきことは、素材をいじくることではなく、いい素材を歩いて探すこと。ということは、いい素材を作っている人を探すということです。自分自身、人の気持ちがわかる人間になれなければ、いい素材を作るいい人たちに出会えないので、非常に大変な仕事です。
僕がまず最初に探したのは小豆なんです。たまたま奈良で葛粉をやっている人に紹介してもらって、奈良の小豆生産者と知り合いになりました。ここの小豆は最高ですよ。甘みと風味が全然違う。店の喫茶でお出しするぜんざい、お汁粉、夏のかき氷には、この小豆で作った餡を使っています。またうちの小豆の炊き方も少し変わってます。炊きあがるまでの約2時間、渋を捨てないんです。普通は渋をよくきって、渋きり餡というのにするけれども、うちはそのまま炊いてしまって、炊きあがったところでお水にさらします。1時間以上かけてなんども水を換えながら渋をきっていくので、小豆の旨みを閉じこめることができる。言ってみれば「渋きらず餡」ですね。餡の色は濃く、食べたらこくがあって、キレがいいんですよ。
僕は今後もおやじのやってきたことを、さらに掘り下げる仕事をしたいですね。それは頑固な職人になるということではないんです。生産者や職人、スタッフなどがそれぞれ自分の得意とするものを持ち寄って、みんなで支え合ってお店をやっていこうよ、という考えです。いがみあったり、知ったかぶりしたりとか、そんなヘンなものを捨てた中で真剣にやりとりをしなければ、本当に旨い菓子は作れませんからね。