この仕事をやり始めたのは小学校6年生くらいからです。最初は洗いものからなんですが、きちんと洗えないと先輩に餡ベラでひっぱたかれて(笑)。でも工場には自分より少し年上のお兄ちゃんのような修行生がいて、彼らにひとつひとつ教わりながら、どこか一緒に遊んでもらうような楽しい感覚でやっていました。
小学生の頃から早くお菓子を触りたかったので、中学でお菓子の包装をやっとさせてもらえるようになると嬉しくて仕方なかったですね。もう、にこにこしながら仕事をしてました。たとえばビニール袋におまんじゅうを入れるのも、一見簡単なようですが、コツを掴まないと手早くできない。自分の向かい側でやっている職人さんより素早くやりたくて一生懸命でした。また中学2、3年の動き盛りの頃は力仕事が向いているだろうと、製餡をやりました。朝5時に起きて、前の晩に漬けておいた豆を炊くんですが、それがまた楽しくてしょうがない。豆の状態やその日の温度、季節によって炊きあがりが違うので、同じ作業でも決して同じではないんです。それを先輩職人に聞きながら自然と体で覚えていって、自分の中に仕事あんばいができあがってくる。それが我ながらすごいと思えるんです。
高校の頃はやんちゃ坊主だったので、仕事に対しても小生意気でした(笑)。うちの工場はその日の仕事がすべて片づけば、昼の12時でも終わりになるんですね。
まだ高校生ですから午後は遊びに行きたくて、少しでも早く仕事をやることに熱中していました。例えば3月3日のおひな祭りなどの特殊なイベント日に、父親が「夜中2時からやるぞ!」と言うと、僕は夜10時から始めるんです。今、これをやっている間に蒸し物をかけて、その間にこの包装をやって…という形で分刻み、秒刻みの仕事を組み立てる。すると動きに一切の無駄がなくなって、正確さをどんどん詰めていけるんです。しかし絶対に雑にはしない。僕は雑な仕事が大嫌いですから。また身近に百戦錬磨の兄弟子がいて、その人と向かい合って一生懸命にやっていました。
高卒後、修行に出る前に1年間だけ青柳正家で働いて、うちのスタイルをまずしっかりと自分のものにしました。僕の中にひとつの基準を作っておきたかったんです。
京都では父親の関係で紹介していただいた「京都鶴屋」に入りました。3年間いたのですが、やはり和菓子屋さんは1年を通して仕事を経験しないと本当に学んだことにはならないと思うんです。しかも最初の1年はがむしゃらにやるだけなので、それを複数年くり返すことで仕組みが分かってくる。それを体に覚えさせると間違いないんです。
その後、大阪では少し上の立場になって、
今度は自分でお菓子をデザインしたり作ったりという仕事をするようになりました。ただ、新しいものを作り出す困難さがあって、プレッシャーも大きかったですね。どうしても、これまで自分の中に入れてきた青柳正家や京都鶴屋さんのイメージが出てきてしまって、新しいスタイルを作る難しさを経験しました。当時は菓子作りに対して、少し天狗になっていた部分もあったんです。でも4年間の修行を通して、まだまだ自分は未熟で、まだまだ先があるということを思い知りました。やはり自分にとってお菓子は大事なもの。和菓子作りは僕にとっての天職で、一生の仕事ですから。
実際にお菓子を見ていただければわかるんですが、これがまさにうちのスタイルなんです。店の隣は料亭ですし、夕方になると普通に芸者さんが歩いて、通りを青柳正家の袋を下げたお客様がそぞろ歩いている。そんな風景を見ると、やはりうちは特殊な場所でやっているお菓子屋なんだなと思うんです。
また向島という地域は和菓子屋さんが多くて、
和菓子を売っている量としてもかなりのものだと思います。「長命寺桜もち」さんや「言問団子」さんなど有名なお店が商売されてますが、それぞれメイン商品がひとつもかぶらない。お客様でも好きな方は何軒もまわって、それぞれの味を楽しむということをされます。それはうちとしても張り合いがあって面白いし、各店が別のものを売っているんですけど、同じ和菓子ですから新たな刺激があります。こういう特殊な環境もいいものですよ。また3月末からの花見の季節になると、この辺りは桜がメインです。和菓子の組合が隅田川で販売をしたりもしますしね。
最近は和スイーツとか新しい方向を探る発想もあって、確かに面白いと思います。しかしそれはうちのイメージじゃない。うちはデンと構えて、今後も青柳正家のイメージを大切にしながら、先代のお菓子作りを引き継いでいくつもりです。なんでもすぐに移り変わる世の中に「やっぱり青柳さんは変わってないんだな」と思っていただくのも必要かな、と。ただし上生菓子に関しては、同じ青柳正家の流れを汲みつつ、僕の代になって変わってきていると思います。父親とは修行した場所も違いますし、僕は僕のスタイルをもっているので、それが前面に出るようなお菓子です。だいたい15日をめどに新しいものを出していますが、その時の気候をよく考えてデザインするので、うちの上生菓子で季節感を楽しんでいただけたら嬉しいですね。
やはり僕たちがやっていることは、ひとつの文化ですよね。日本人として、日本の食文化に携わっていられるというのが喜びでもあるし、光栄なことでもあります。うちのお菓子は海外のお土産にもよく持っていっていただくので、「これが日本のお菓子なんだ」という風に言われるようになればいいな、という気持ちもあるんです。