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パティシエと職人の素顔

パティシエと職人の素顔 和菓子編10 香炉庵

齋藤知也さん

<齋藤知也さん経歴>

1974年 銀行マンの三男として神奈川県横浜市に生まれる。
1994年 高校卒業後、日本菓子専門学校へ入学。
1996年 専門学校卒業後、横浜の老舗和菓子司「千草庵」へ入社。
1999年 「千草庵」退社後、大手製菓会社へ入社。
2001年 椎間板ヘルニアのために退社。
2002年〜
  2003年
パッケージデザインや商品開発、販売業に従事。
2004年 横浜元町に「香炉庵」をオープン

齋藤さんが和菓子の道に入ったきっかけは?

高校時代はずっと美術を専攻していて、デザインとか色彩とか、そういったことに興味があったんです。高卒後は美大に入って何か好きなことをやりたいと思っていたんですが、受験のために一年間浪人した時、自分の将来像をすごく考えた。もともと伝統工芸をやりたいという気持ちが強くあったんです。

齋藤知也さん そんな時、たまたまテレビで和菓子屋に行列してお菓子を買っている人たちの姿を見て思いました。和菓子というのは、実は大変な伝統文化なんですね。節句ごとの菓子もあり、誕生もちも仏事まんじゅうもある。生まれてから死ぬまで、日本人に深く関わっているんです。また伝統文化といっても「食」に関わることだから、喰いっぱぐれはないだろうと思って将来を決め、両親に啖呵を切りました。「和菓子をやる。29歳か30歳までには独立したいから、専門学校に入る資金を出してください」と(笑)。両親とも反対はしませんでしたが、どこまで続くのかという目で見ていたと思います。

それまでの僕は料理をするタイプでもなく、うるち米ともち米の違いもまったく知りませんでしたし、団子と大福が同じ素材だと思っていたんです。でも専門学校へ入ってからは、もう頭の中は和菓子しかない。製菓理論のオタクになりました。学校が休みになると、あちこちの店を食べ歩きます。僕はどの和菓子屋さんでも「3D」を食べることにしているんです。「だんご、だいふく、どらやき」の頭文字を取って「3D」(笑)。これを食べると、その店が何をやりたいのか、どういうものを売りたいのかが分かります。

とにかく僕は19歳からずっと和菓子一色です。他に趣味もないですから、和菓子だけなんです。


独立するまでのストーリーを教えてください。

僕は29歳で独立すると決めていたので、何歳までに何をするかという青写真を全部描いていたんです。それで専門学校卒業後、最初の3年間は上生菓子などのお茶菓子をメインにすべて手作りをしている老舗和菓子屋にお世話になりました。その後、1日に何万個とお菓子を作る量産型の会社へ転職し、朝8時から夜2時、3時までへとへとになるまで働いたんです。そこで椎間板ヘルニアをやり、26歳で倒れてしまいました。

会社を辞め、半年近く入院やリハビリをやって、その間、ベッドから空を見上げて考えたんです。これまである程度、和菓子の賞なども取りましたが、それがそうそう通用するわけでもない。和菓子だけで何十年もやっている職人さんに勝つには、和菓子以外の知識、たとえばパソコンも会計もできて、お菓子のデザイン性、パッケージもトータルでわかるような知識が必要なんじゃないかと意識が変わりました。

退院後はパッケージデザインや陳列、販売の方面の勉強をして新しい知識を入れ、予定通りの29歳で元町で店を開きました。この街は歴史的に洋の文化があって、中華街があって、でも和菓子屋がないんですね。それでピンッときたんです。和菓子でなにか新しいことができるのではないかと。それで店を設計するとき、20代、30代の方にも和菓子を楽しんでもらおうと、内装を黒と白のモダンなデザインにして元町の雰囲気に合わせ、喫茶店も併設しました。元町には外資系のコーヒー屋さんは多いんですが、和を楽しめるカフェはなかったんです。

齋藤知也さん 香炉庵という名前は、以前から決めていました。僕の父は昔から趣味で香炉を作りつづけていて、自宅には800個、1000個、たくさんの作品があるんです。そこから名前をもらい、父の香炉は店に飾ってあります。


齋藤さんならではの和菓子とは?

まずお菓子の色、形、重さ。それをどういう風にしていくかをずいぶん考えました。たとえば通常、大福は1個80gくらいあって、普通の女性だと大きすぎて、満腹中枢がやられちゃうんです。だからうちでは40gくらいにして、軽い感じで食べていただけるようにしました。

そして基本的に僕は生クリームとかバターなど、洋菓子の素材はほとんど使いません。和の素材と和の素材を新しくつなげたものが、次の時代の和菓子になるんじゃないかと思っていて、あくまで和素材を押し切ったようなお菓子にしようと。ですから小麦粉もあまり使わず、あえて米粉で作ったりもしています。でも色やデザインにこだわってますから、見た目は洋菓子みたいに華やかです。

餡はあくをしっかり取って、あっさり作ります。齋藤知也さんそして餡そのものというより、中に入れる素材の味を楽しんで欲しいんです。たとえば蒸し羊羹ならトッピングの栗や豆で食べていただく。看板菓子のどらやきは、生地と餡に加える味で特徴を出しています。あんず、リンゴ、栗、柚子、青梅など、旬の素材を使って、毎月2種類の「季節のどらやき」を作っています。またネーミングもわかりやすく、じゅれ、わらび、ようかん、ぜんざい、焼きもなかなど、あくまでシンプルです。使っている素材については、北海道産の小豆とか沖縄の塩など、当然、吟味していますが、それが当たり前なので特に主張はしません。よい素材で丁寧に手作りすれば、きっと食べる方に伝わると思いますから。

和菓子の個性というのは、もちろんあると思うんですが、作っている人、働いている人の意識が大切なんですね。うちの店は開店から一緒にやってくれている頼もしい若いスタッフがいて、12人の職人たちの平均年齢は23歳。和菓子が大好きで始めた子もいるし、和菓子屋の跡継ぎもいます。みんなそれぞれですが「ここで何か新しいことをしたい」という期待感で働いてくれていますし、僕自身、若い子たちに「和菓子って、かっこいいんだよ」といつも言っています。

昔、和菓子の先生に「菓子は人なり」と言われたことがあるんです。作り手の意識がお菓子に現れて、それが個性になる。いろんな経験を積むことで、その答えが見えてくるのではないかと思っています。

過去のコンテンツ:2004年8月〜2006年12月まで、
活躍中の29名のパティシエ、パティシエールにご登場いただきました。

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