鹿児島の川内市という田舎で和菓子屋をやっていました。子どもの頃から手伝いは半強制で、僕も洗いものをしたり、箱を組み立てたり。店の仕事が忙しく、両親はあまり休日もなくて大変そうでしたね。自分の親ながら「たまには休みなよ」と思っていたけど、今、自分が店をやってみて休めない気持ちがよくわかります(笑)。ただ当時から両親がお客さんといろんな会話を楽しみながらやっていたのをずっと見ていて、菓子屋というのは人に喜ばれるいい仕事だなと思っていました。
高校まではずっと鹿児島実業でサッカーをやっていたんですが、卒業後の進路を選ぶ時、3つ上の兄も製菓学校を出ていたから、僕も自然とその道に入りました。最初は和菓子をやるつもりだったんですが、専門学校2年目に専攻を選ぶ段階で洋菓子にしたんです。外国に行きたいという気持ちもあったし、洋菓子の方が華やかで楽しそうに見えたので(笑)。
専門学校卒業後、就職先には困らなかったんですが敢えて専門学校に助手として残り、3年目くらいから講師として生徒を教えるようになりました。あるひとつの職場に入ると、そこの作り方を踏襲しなければいけないのですが、学校という場だと素材の混ぜ方の順番ひとつでもいろんな方法を自分で試しながら勉強できるし、外部から招くシェフのやり方や考え方を学べるという利点もありました。お菓子を作る上で必要な技術を純粋に身につけられたという意味で、非常によい環境だったと思っています。
お菓子作りの技術的なことはもうある程度身につけていたので、フランスではそれを確認する作業が多かったですね。向こうの洋菓子というのは長い歴史があるから日本の和菓子と似た感覚があるんです。この季節になればこの菓子を出して、あとは定番ものがほとんど変わらないでずっと続いている。僕がお世話になった「ジェラール・ミュロ」でもタルト、ミルフィーユ、エクレアといったものがたくさん売れて、それはどの店でも似たような状況でした。それを見て「ああ、これは日本と一緒だな」と思ったんです。やっぱり基本的なものがきちっとしていれば、きっといい店が作れるんじゃないかな、と。
また当時から将来はお店を持つつもりで準備していたので、フランスではそのための材料探し、アイデア探しをしていました。いろんな店をのぞいてディスプレイや提案の仕方にセンスを感じたり、日本にはない季節のおいしい果物を食べたり。最近はパリでお菓子修行をする人も増えていますが、お金をうんと節約して食べるものも食べないで長期滞在するより、短期間でも好きな所で好きなものを食べ、文化を吸収して帰国するという方法もあるんじゃないかなと思いますね。
やはり一番はおいしいものを出したいということ。特にショートケーキ、モンブラン、チーズケーキ、シュークリームなどの普通のお菓子には人一倍気を遣います。極端な話、来ていただいたお客さん全員に喜んでもらうようなものでないと。また、それができれば他のお菓子を作るのはそれほど大変ではないと思うんです。ただ毎日同じものを同じようにおいしく作るのが一番難しい。しかし職人の世界ですから、それを日々きちっとやっていくことがもっとも重要だし、その中でこそ気づくことがあるんですね。
今後は少し店を大きくしたいという希望もあるんです。パリではお菓子だけでなくパン、お総菜やデリなどトータルでいろんなものを提案するのが普通のスタイルですし、自分でもそれが作れる以上はやってみたい。でも子どもの頃から親がお客さんとのやりとりを楽しみながら店をやっていたのを見て、僕もそれを大事にしたいから、店舗数を増やすという気になれないんです。店と厨房は一緒。自分の見ている中で仕事がしたいから、そういう意味では商売人ではないですね(笑)。やっぱり僕自身が楽しくなければいいものが作れないですし、小さい店だからこそ伝わるものを大事にしたいんです。