子どもの頃から料理本を見るのが好きでした。内容を読むと言うより、写真が好きだったんですね。普通の家庭料理の本より専門書の方が写真がキレイでしたから、よく大きな書店の専門書コーナーで立ち読みしていました。そして14歳くらいの時、山本益博さんの『パリのお菓子屋さん』という本に出会ったんです。そこに載っていたものが、僕のまわりにあった洋菓子屋さんとはまったく違っていて、これはすごいと思ったんです。
中学3年で進路を選ぶ時、そういう洋菓子屋さんを探してデパ地下へ行きました。そして「ルノートル」を見つけたわけです。内容も他の店とは全然違うし、「あ、あの本にあったお店だ!」と。
その時の感動は大きかったですね。最初にサバランを買って食べたんですが、お酒がとにかくきつくて驚きました。その味がイコールおいしいと思えたのかどうか、今ふりかえると疑問なんですけど、当時10代だった僕は「あ、本場のおいしさってこういう風なんだ」と素直に信じられちゃうんですよ。その次にムラング・シャンティーを食べた。焼いたメレンゲに生クリームを絞った姿が真っ白で、そんなお菓子に出会ったことがなかったからおいしそうに見えたんですが、実際に口にしてみたら「なんて甘いんだろう!」と。それでもまた「フランス菓子というものは、こうなんだ」と素直に思えた。それで中学を卒業し、15歳の時に「ルノートル」に入社しました。
やはり10代の頃に感じた味の感覚は、20代になっていろんなものを見たり経験した中で感じた味覚とは全然違うと思います。ムラング・シャンティーの濃厚な甘さも、20代で食べていたら多分、まったく違ったものだったでしょうね。そう思うと、十代でこういう味の経験ができたことは幸運でした。パティシエという仕事を選ぶ時、人によっては仕事をしながら面白さを発見する場合もあるでしょうし、それぞれにいろんな道筋があると思います。僕の場合は純粋にお菓子が好きだったということなんです。
「パリセヴェイユ」開店までのいきさつはとてもユニークですね。
フランスに留学していた時、帰国後のことを考えたんですね。
当時、年齢も30代でしたからシェフ・パティシエで…という気持ちでしたし、自分がやりたいことを邪魔されたくなかった。菓子職人の世界は縦横の繋がりがあるので、人の紹介などで職場を探したりしますけど、「こういうことがやりたい」というアイデアを持っている人間と、それをやらせてみたいと思う人間がいれば、そこに仲介者は必要ないと思うんです。だから、まず僕は『会社四季報』(日本の上場企業の業績などを詳細に紹介した情報ハンドブック)を日本から取り寄せて、今、どこの日本企業が成長しているのかを調べて5社ほど選び、企画書を送りました。そのうちの1社が積極的で、わざわざ社長がフランスまで来てくれたんですよ。
2003年の初頭に帰国して、すぐに開店に向けて活動をしました。自分で物件を見つけて、必要な予算を組み直してスポンサー企業に提出するという作業です。それまで経験したことのない仕事だったので、当時はとにかく本を読んで勉強しましたよ。エクセルで表組みを作り、イラストレーターで企画書を作り、フォトショップで写真を入れて、5年間の業務計画をたてました。
開店から4年。金子シェフのお菓子の世界はどう進化しているのでしょうか。
基本的には当初からあまり変わっていないです。僕は自分の一部としてお菓子を作るということをやっているんですが、できれば、僕が見てきた自然な形でフランス菓子を表現できればいいなと思います。そこにプラスして僕が「ルノートル」からずっと歩んできた世界、そしてフランス菓子に惹かれてきたものを作っていくしかないんだと。まぁ、フランスおたくなんですよ(笑)。
新しいこととすれば、週末、店で皿盛りのデセールをやっているんです。またコンフィチュールも帰国後に自分で勉強して一から始めました。普段、合わせないものを組み合わせてみたり、香辛料を使ってみたり。クリスマスシーズンにはちょっと珍しい「コンフィチュード・ノエル」というものも作ります。カリンのジャムですが、すごくおいしいですよ。僕は以前、料理屋さんで仕事をした経験もありますし、わりと料理的発想が好きなんです。ですから、どこかにそれを許せる環境が欲しいと思って、この二つはお菓子作りの別分野として楽しんで作っています。
そして僕はやはり食べ物を作る人なので、とにかく自分がおいしいと信じているものを作る。
たとえば2軒のたこ焼き屋があって、片方に行列ができていたとしたら、その店はとんでもなく旨いんですよ。ものを作るときはフランス菓子でも同じことだと思います。これは店の経営の基本にしているのですが、お客さんに合わせるのはやめようと思っているんです。あくまでも僕たちがきちんと提案しないと、お客さんも迷うと思うので。ですから10人が10人、来てくれる必要はないんです。洋服選びと一緒で、好きなブランドのところへそれぞれがでかけて下さればいい。提案者は常に迷いなく、自分が出したいものを出せばいいと思います。