フランスで飴細工を作る時、生け花の本を参考にしていたんです。日本の生け花はバランス感覚がすごくいいんですね。それで、もっと生け花を学びたいと思って、日本に行く決心をしたんです。日本大使館でビザを取ろうとしたら、日本に行くなら英語ができなければいけないと言われて、わざわざイギリスで1年間、語学を勉強したんですよ。
日本でもお菓子の仕事をするつもりだったので、京都で職場を見つけました。せっかくフランスから来たので、最初は会社の方でも「サントス・フェア」をやったりして人気があったんです。しかし、そのうちに自分の作るお菓子がいつもショーケースの中に残るようになった。当時はフランスとまったく同じレシピで作っていたので、それが受け入れられなかったんですね。私は自分の仕事に自信がありましたから、すごくショックでした。
フランスのお菓子というのはスポンジが薄くて、ナパージュをかけて、生クリームがほとんどないんです。大切なのは、まず見た目がキレイであること。フランスではキレイなお菓子が売れます。ところが日本は「見た目がおいしそう」というのが大事なんですね。ですからキレイで、さらにおいしそうなお菓子なら最高なんですけどね。
フランスでやってきたことが認められないのは辛いですね。
そうです。辛かった。今までフランスでずっと勉強してきたことは何だったのかと思うと、何回かベッドの中で泣きました。まだ日本語も日本文化もわからなくて、いつも不安な気持ちが強かったですし。でも売れないお菓子を作っても意味がないので、自分が持っていたレシピを全部捨てたんです。いったん自分のタイマーをゼロにもどした。そうしないとやっていられなかったんです。
京都で1年働いた後、今度は東京で仕事をしながら、少しずつテストを重ねて、新しいレシピを作っていきました。その時は奥さん(現在はショップ店長&シェフの右腕として活躍している岡田愛さん)が助けてくれた。彼女はもともとソムリエで料理やお菓子に関して、昔から興味があったんです。作ったものを食べてもらって「日本人ならもっとしっとりしたものが好き」「スポンジは厚みのある方がいい」とか、どんどんアドバイスをもらった。そのうち私の考え方や舌も変わってきたんです。たとえばフランス人は「フグの刺身は味がないからイヤ」と言う。いっぱい醤油をつけて食べたりね。でも日本人は「ちゃんと味がある」と言う。すごく繊細なんです。そういうことがわかってきて、私は自分の頭の中にあったものを一度全部捨てて、新しいものに入れ替えた。自分を何も変えないというのでは頭が固すぎて、日本には合わないです。結局、新しい自分を作るまでに4年くらいの時間が必要でした。
最初にお菓子の学校を開校し、次にショップを開店。そのいきさつを教えてください。
実は4年ほど会社で働いて、すごくストレスが溜まってしまったんです。それで十分、日本で頑張ったから、もういいだろう。奥さんと一緒にオーストラリアに行って小さな店でも開こうと思い、すっかり準備をしました。ところが出発2週間前にバイクの大事故で2人とも大ケガをして、1カ月半も入院することになってしまったんです。これでオーストラリアにも行けない。退院してもアパートはない、仕事はない、もうなんにもないんです。でも入院中に120人くらい友達が来てくれて、「せっかく日本語もわかるし、日本にいなさい」とみんなが薦めてくれた。それで最初はコンサルタントの会社を作って、次に小さなアトリエでお菓子の学校を始めたんです。すると、どんどん生徒さんが増えて。嬉しかったですね。
特に学校をやったということが、私にとって一番大きな経験でした。生徒さんが失敗すると、私はそこから勉強できる。そして次は失敗しないように技術を改良していきます。失敗しないガナッシュの作り方とか、いろいろ考えて今も生徒さんに教えていますし、『お菓子づくりでまよったら
』という本も書きました。だから多分、学校をやっていなければ私の技術レベルは今より、もうちょっと下だったかな(笑)。
あとは毎月、新しいお菓子を準備して教えているので、それも勉強になります。うちの教室は1年コースとか、そういう形は取っていないので、6年前から来ている生徒さんでも同じレシピは持っていない。それは大変なことですけど、お客さんはすごく喜んでくれます。また私は日本の食材もいっぱい使うんです。サツマイモ、黒蜜、抹茶、生姜、お酢、それにわらび餅とか。日本人シェフには新しくないかもしれないけれど、私はフランスにいた頃は使わなかった素材だから、すごく新鮮なんですね。そして私にとって一番のプライドは、どのお菓子も全部、自分のレシピだということ。フランスから持ってきたレシピはすべて捨てて、ゼロから創りあげた自分だけのレシピなんです。
実は最初の頃、私はショップをやるつもりはなかったんです。もう学校だけでいっぱいいっぱいで。しかし奥さんが「あなたのお菓子はとてもおいしいから、お店をやってみんなに食べてもらおう」と言って、2003年にパティスリーを開いた。最初は3人だったスタッフが今は50人もいます。今後はできればお店をもう1店舗、作りたいです。やはり新しい挑戦をして、自分自身をどんどん変えていかないと成長できない。すごく大変だけど、楽しいことでもあるんです。