大学時代からケーキ屋さん巡りが大好きだったんです。オーボンヴュータンやスリジェ、マルメゾン、シェ・リュイ、しろたえ、ル・ポゼ・・ 美味しいお店があると聞けば都内はもちろん郊外まで出かけて、食べ歩いていました。でも食べるの専門で、まさかケーキ屋さんを開くとは夢にも思ってもいませんでした。
卒業後は就職もせず、家事手伝いと称して何もしないでいたのですが、それもだんだん飽きてきて・・(笑)。「何か好きなことを仕事にしたいな」と考えた時、真っ先にお菓子のことが浮かびました。でも自分では作れないし ケーキは長く修行した職人さんが作るものだと信じていたので、ただ漠然と好きな雑貨などを扱うお店がいいかなどと夢みたいなことを思いめぐらせていました。
そんな時、あるビストロのデザートに衝撃を受けたんです。オーナーの奥様が作る日替わりケーキがとても独創的で、おいしくてハートがすごくあって、何かものすごいパワーを感じたんです。「こういうお菓子もあるのか」と、今までのお菓子の概念が変わったんです。
当時の洋菓子を振り返ると、お酒の利いた甘いフランス菓子や大きなアメリカンパイが台頭してきた頃。また昔ながらの洋菓子屋さんが健在でありながら、どんどん優秀なパティシエが店をオープンする。いろいろなタイプのお菓子が混在している時期だったんです。
その時にふと思ったのです。友達のお母さんが焼いてくれたようなお菓子が売ってればいいのに・・って。要はケーキ職人さんたちが作らないお菓子。もっと身近なお母さんが作るおやつのようなものです。ヨーロッパのお菓子はおしゃれだけど、もっと甘さ控えめでナチュラルなお菓子があればいいのに。パリの片田舎にありそうな小さなかわいいお店のイメージが浮かんきて、もうそこからは妄想の世界です(笑)。手作りのケーキを誰かにいただいたりすると、すごく嬉しいですよね。そんな想いを伝えられる仕事は素敵だなと思いました。
その頃買った本に「フランスではおやつのことをグーテといいます」って書いてあったフレーズが頭から離れなくて、店名はもう最初から決めてたんです(笑)。ママの作るおやつ=「グーテ・ド・ママン」にしよう!って。
一度もケーキを焼いたことがないのにお店をやる。大きな挑戦ですね。
料理は大好きだったんです。特にパーティ料理とか、カナッペみたいなものをつくるのは大好きでした。たまたま父が三田に土地を所有していて、駐車場として貸していたんです。そこに6坪ほどの古い屋根付き車庫があったので、「ここを店にしたい」と頼みました。はじめは取り合ってもらえなかったのですが、数年後に壊してビルに建て替える予定があったので「全部自分でやるのなら、壊すまで使っていい」と言ってもらえたんです。
それからお菓子作りの日々が始まりました。なんせ期限付きですからとにかく時間がなかったんです。今さら製菓学校に通う時間もないので、気が狂ったように本を片手に自宅のキッチンにこもりました。朝起きて材料の買い出しに出かけ だいたい毎日5ケースの卵を使い切る感じで作っていました。失敗しないとわからないことだらけで、まさにできそこないの山。ただそこから学ぶことも多く、数を作るうちに自分の求めている味がぼんやりと形になってきたんです。まず基本の材料がおいしいこと。そして誰かにちょっとプレゼントしたくなるようなお菓子。不安はあったけどとにかくやってみたいという気持ちが強かったんです。
半年ほど自宅修行をして、これならいけると思うお菓子が数種類できました。そこから開店の準備です。ひとりで国民金融公庫へ行き なんとか親の保証人で500万借りることができました。
そして店作りのために合羽橋へ。でもなにを買ったらいいのか、まったくわからない(笑)。業務用オーブンに茫然としていたら、お店のご主人が「お嬢ちゃん、何を探しているの?」と聞くんですよ。「ケーキ屋さんをやりたいんですが、なにがいるんですか?」「うーん、まずオーブンとミキサー。これは絶対いるね」「いくらするんですか?」「オーブンは最低でも100万はするね」と。そこでまずへこたれました(笑)。工事費に半分はかかりそうなのでオーブンだけで100万は払えなかったのです。するとご主人が「中古でよかったら探してあげようか」と。そこからミキサー、ボール、天板など、開店に必要なものを一式、格安で揃えてくれたんです。この方との出会いがなければ今のお店はないですし、現在でもおつきあいがあるんですよ。店舗改装をした時はお祝いに来てくれて、「立派になられましたね」と褒められました(笑)。
三富さんのお菓子はオープン当初から大人気でしたね。
オープン当初はさほどでもないです(笑)。ただ当時、バレンタインデーが大ブームだったんですね。そこで手書きメッセージが入れられるハート型のチョコケーキを作ってみました。私の書く字はタイポグラファー(ロゴをデザインする人)として以前から評価されていたので、『Olive』や『NONNO』『セブンティーン』などの雑誌に紹介されて、ものすごく人気が出たんです。中高生からの電話問い合わせで「地方なんですけど送って下さい。」「○○君に直接届けてください」「郵便書留ってなんですか?」とか(笑)。当時はそういうものがどこにも売っていなくて、ニーズがあったんですね。プロと素人の中間。多分そんな存在だったのかも知れません。クリスマスケーキもオリジナルのものを作ったらグリーティングカード会社の目にとまって、クリスマスカードになったりもしました。自分の作ったケーキのカードが店頭に並んでいるのを見たときは嬉しかったですね。
それから店舗も大きくなり、スタッフもお菓子の種類も増えました。でも私のお菓子作りの方向性は変わっていません。ここは港区という土地柄、おいしいものをよく知っているお客様が多いんです。そういう方たちが普段着で楽しむお菓子、ちょっとしたギフトになるお菓子。マドレーヌやバナナケーキ、シンプルだけどおいしくて、「手の込んだ料理も好きだけど、美味しいお茶漬けも好きだわ」とか、そんな感覚かもしれません。
シンプルだからこそ、うちはひと手間をかけることにすごくこだわっています。生地の合わせ方や焼き方にはすごく気を遣うし、モンブラン用の和栗は皮むきから渋皮煮まで全部自分たちでやるんですよ。紅玉のある時期だけ作るリンゴのタルト、春は苺や桜スイーツ、秋にはスイートポテトやカボチャが登場します。近所に外人さんが多く暮らしている関係もあって、ハロウィンは毎年、大盛況なんです。使いたい素材が季節によってどんどん変わるので、日替わりの新作を考えるのも楽しいですね。
また2000年くらいからは犬用のお菓子も始めました。犬は体重が少ない分、1日摂取カロリーは抑えなければいけないのに、人間用のお菓子を普通に食べさせている方が多くて、すごく心配だったんです。だから人も食べられる素材でワンちゃん用お菓子を作りたいと。当時は犬用のお菓子が市民権をまったく得ていなくて大変だったんですが、野菜のクッキーやワッフルを作ったら大評判になって。うちのクッキーの味を知っているワンちゃんは散歩中に店の前で立ち止まっちゃうんです(笑)。バースデーケーキもライ麦のプレートにキャロブで、ちゃんと名前を入れてつくるんですよ。
現在はオーダーケーキ、中でもウエディングケーキやCM用のケーキの仕事が多いですね。洋菓子協会の仕事にも携わっていて、いろんなパティシエの方とご一緒できて楽しいです。今年で25周年ですが まだ未完成のお菓子も沢山あります。でも試行錯誤したのちに商品化できたものはしっかり根付くんですね。日本にはいろんなお菓子があるけれど、自分は自分のお菓子をしっかり作る。その考えは絶対にぶれないし、それがプロの仕事なんだろうなと思います。